8702 イシハラゴウジン
石原豪人 (挿絵画家)
経歴/プロフィール
石原豪人(イシハラゴウジン)は挿絵画家。男性。
15歳のときに映画雑誌『オール松竹』の似顔絵募集で一等に当選。旧制中学を卒業後、現在の中国・内蒙古自治区で電気関係の会社に就職する傍ら、アルバイトで映画の看板描きをする。帰国後、松江市で映画の看板や紙芝居を描く仕事をした後、上京して高校に進学(この際、知人から「石原豪人」のペンネームをもらう)。通学しながら映画関連の仕事を続け、やがて日本大学芸術学部に進学するも、肺結核の治療のため学費の支払いが困難になり、また仕事が多忙になったこともあり中退。体調のことを考え、体への負担が軽い紙芝居や挿絵を描く仕事にシフトするため、アメリカのイラストレーションを研究し、ノーマン・ロックウェルに強い影響を受ける。1954年、『小説倶楽部』(桃園書房)に挿絵を描くと、たちまち評判となり売れっ子挿絵画家となる。その後、少年・少女雑誌にも挿絵を描き、怪獣画や「大図解」などで才能を発揮。漫画にもチャレンジし、1964年、『平凡パンチ』にアメリカンコミック風の「マイアミにきた男」を、1970年〜1971年、『週刊サンケイ』に劇画風の「柳生十兵衛」をそれぞれ連載する。その他、"林月光"(はやし・げっこう)名義で官能系雑誌の挿絵も手掛ける。1998年6月19日、脳梗塞のため死去。

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